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病気や障害を抱えるこどもや家族への関心を高めるWEBメディア

クリニクラウンジャーナル

沖縄にもクリニクラウンの拠点をつくりたい!男性最年長クリニクラウン・ポリタンの夢

取材・文 香川花子

日本クリニクラウン協会の男性最年長、しかも数少ない男性クリニクラウンの”ポリタン”こと伊佐常和さんは沖縄出身。
大阪を拠点にクリニクラウンとして活躍しながら、沖縄に一人で暮らすお母様の様子を見に、月に1週間から10日ほど帰省する生活をしています。
今回は、そんなバイタリティー溢れる伊佐さんに、お話を伺いました。

50の挑戦!
オープンマインドの「ポリタン」に

満面の笑みに円い眼鏡がトレードマークの伊佐さんは、クリニクラウン歴14年の大ベテラン。特技の腹話術との出会いは、脱サラをした後、17年間に渡って重度脳性麻痺の方を介護していた時でした。

「腹話術は、介護をしている頃にちょっと講習に行ったんですよ。で、受けてみたら、自分でもできるかなって思って。でも、人形が高くてね、7~8万円かかったんです。で、そこまで金かけてできないわって思って、自分で人形を作って行ったら「伊佐さん、面白いね!一緒にやろうよ!」って言われて(笑)そこからボランティアでやり始めたんです」

こうして腹話術師の仲間入りをした伊佐さんは、その後、ラスベガスでのワークショップ にも参加。次第にのめり込み、腹話術師としての仕事も入るようになりました。その後、 5年ほどして、病院でのパフォーマンスも考えていた頃、新聞で偶然目にしたのがクリニクラウンのオーディションの記事でした。

「もう、見た時に、あ、受けたいなって。腹話術ができるから、いいやん、できるなって。50の挑戦(笑)。で、オーディションには運よく通ったんですけどね。クリニクラウンは、パペットは使うけれども腹話術はやらない。必要とされるスキルが全然違ったんですよね。なかなか大変でした」

長年「大人」として生きてきた伊佐さんには、「人生のしがらみを忘れて童心に戻る研修はきつかった」と言います。

「クリニクラウンは、童心に返って素直な自分を出さないといけないのに、自分は本心からやってなかったとか。研修をしていると、そういう大人の嫌な自分を見てしまうことがあるんですよね。なんやかんやで、社会で色んなことを経験してきてますからね(笑)。でも、その瞬間の自分を、嫌な自分も含めて受け入れて、そのまま素直に出すという研修をするうちに、興味を持って動くことや本当に感情を素直に出すことができる、オープンマインドの「ポリタン」になれたんです」

全てのモノ・全ての人に
クリニクラウンの空気を送りたい

屈託なく笑う伊佐さんですが、60歳を過ぎたあたりから、体力的にはもちろん、精神的にも年齢相応の変化を感じるようになったと言います。

「でも、クリニクラウンのみんなと一緒にいると、歳の差を感じる事はないですね。もう、みんな対等ですから。だから「これが自分やねん」ということで、やれるとこまでやろうって」

なぜそこまでクリニクラウンを続けたいと思うのか。伊佐さんにクリニクラウンの魅力を聞くと、一層ニコニコとした笑顔で答えてくれました。

「クリニクラウンの魅力はね、童心というか、道化心、だれの心の中にも眠っている「こども時間」を呼び起こせること。医療スタッフも、親御さんも、クリニクラウンを見たらこどものように笑って、一緒に楽しんでくれる。それができるのは、クリニクラウンしかいないんですよね」

そして、真剣な表情で続けて話してくれたのは、入院中のこども達が「その環境の中でどうしてもこどもらしさをオープンにできにくい」こと。

「だから、我々が行くことによって、こどもが少しでもこどもらしさを出せるように変えていかなあかん。病院で、病棟で、期待されているのは「空気を変える」こと。自分たちが関わる全てのモノとか全ての人に、クリニクラウンの空気を送るっていうかね、道化心をみてもらって、見ている人の道化心を引き出したいって思っていますね」

接し方は千差万別
ただし、誰に対しても分け隔てはしない

伊佐さんは、クリニクラウンになった初期の頃、目の前のこどもに一歩踏み込んで関わることができたという、心に残っている経験を話してくれました。

たくさんの医療器具を付けて、もう意識レベルが低下している状態のその子に、お母さんはずっと声を掛けていました。伊佐さんはその子に出会ったとき、手を握って一緒にマジックをして遊んだそうです。

「反応が少なくなっていても、手を握ったり触れ合いを大切にしたりしました。生きてるんだから、体温もあるんだから。お母さんも一緒にみんなで手をつないでもいいんだし。訪問が3回ほど続いて、そして最後の訪問の時かな。お母さんに「同じように遊んでくれる」って言われたんですよ。反応がある子と同じように、反応が無くても「分け隔てなく遊んでくれてる。接してくれてる」そして「ものすごくいい思い出が作れた」って」

伊佐さんは、この「分け隔てなく」接するのがクリニクラウンなのだと言います。

「大人もこどもも分け隔てなく、誰にでもこども心で接する。こどもはこどもで、一人一人その子への接し方は千差万別あるけども、相手に対する気持ちは一緒。もし、その子が重度身体障害で目の焦点が合わせにくい子だったら、ちゃんとこう目の前に行って「こんにちは。顔、見えた?」と言ってあげるとか。声を聞かせてあげるとか」

でも、今でも「全部が全部、満足がいく訪問はない」そうです。

「時間がなかったから、ちょっと淡泊やったかな、とか。時間が長いだけで本当に心が通じ合えたかな、彼の要求に応えられたかな、とか。もうちょっとこうやれば良かったな。その繰り返しです。でも、ポジティブな気持ちで訪問できてる。これはぶれずにやれてるなと思います」

「沖縄にクリニクラウン派遣の拠点を作りたい」

いずれは長男として沖縄の実家を継ぐ予定の伊佐さん。そのときには、沖縄でクリニクラウンの活動を続けたいと考えています。そのためにも、今は沖縄訪問に積極的に関わり、沖縄でクリニクラウンを根付かせるためのワークショップも開いています。

沖縄訪問がスタートしたきっかけは、沖縄県南部療育医療センター・こども医療センターの金城僚先生という小児科の先生との出会いからでした。その医師は、映画『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』の主人公であるアメリカ人医師『パッチ・アダムス』を思わせるような、ユーモアある医療を大切にしている方だったそうです。

「金城先生は、マジックが好きで。その特技を生かしながらこどもとコミュニケーションを取っておられたんです。その先生が、ネットでクリニクラウンを見つけてくれはったんですよ」

金城先生のお蔭で、沖縄県立南部医療センター・こども医療センターで、沖縄初となるクリクラウンの訪問が実現。今では沖縄本島の端から端まで、8病院に訪問しているそうです。
しかし、この沖縄訪問は、日本財団ー日本歯科医師会の「トゥース・フェアリープロジェクト」から6年間継続していただいている助成金のおかげ。伊佐さんは、「この助成金がなくても訪問できるようにならないと沖縄での活動は続かない」と話します。

「訪問は、やっぱり定期的に行きたい。年に1・2回というようにイベント的になると、病院側がどうしてもクリニクラウンを呼ぶことに構えてしまいますよね。定期的に行くことで、クリニクラウンの活動が病棟の中に自然に溶け込めるんですよね。でも、定期訪問をするためには、沖縄に住んでる方々のお金の面の協力や沖縄在住のクリニクラウンがいないと実現が難しいと思います。沖縄に住んでる方々が「自分たちの応援で、沖縄の入院中の子供達にクリニクラウンを派遣しよう」ということがないと」

クリニクラウンは、普段はできるだけ公共交通機関を使って病院訪問をしているそうですが、沖縄は電車のない車社会。今後、沖縄に拠点を作って定期的に活動をしていくためには、車が必須になり、訪問の新たな方法を模索していかねばなりません。

沖縄での活動を始めるに当たって、伊佐さんは地元の方々の協力を得て、一緒に作り上げていきたいと考えています。そしていつかは沖縄県で新規クリニクラウンの養成をして仲間を増やしたいと夢を熱く語ってくれました。

「沖縄でクリニクラウンに興味を持っている方や、応援してくれる沖縄の企業さん、沖縄でクリニクラウンとして頑張れる人がいてくれたら、やっていけるのかなと。地域に根ざしたクリニクラウンの活動の一つのモデルケースとして、まずは自分が沖縄で頑張れたらいいかなと思います。」

「病院は社会の縮図
『大人が優しい社会に』」

最後に、クリニクラウンとして今の社会をどう思っているのかを聞いてみました。

「今の社会はこどもに対して、大人が優しくないと思うんですよね。大人が住みにくい世の中になると、こどもに対して優しく出来ないんですよ。こどもの為に何かをするには、まず、大人が変わらないといけない。こどもを笑顔にするためには、周りの大人も笑顔でいられるようにしなければならないんですよね」

クリニクラウンはこどもを支援する立場ですが、「こども心を出すことによって、周りの大人も変えていける」と伊佐さんは言います。
そして、これは「クリニクラウンでの研修で学んだこと」だと。

「大人がオープンマインドにならないと、こどもも感情を出せないし、そういう療養環境にならないよっていうことを学んできたと思います。クリニクラウンは、ほんまにこう、楽しむ、遊ぶ。それを見て、こどもも自分を解放できる。だから、社会で今、大人が自分を解放してオープンマインドにならないと、こどもは委縮するな、という思いを持っています」

伊佐さんは「病院は社会の縮図」だと言います。だから、クリニクラウンは、病院の中で、目の前のこどもに対してはもちろんのこと、周りの大人に対してもこども心で接して笑顔にすることで、「こどもを包む環境全体を優しく変えていく」使命がある、と。

そんな熱い思いを持った伊佐さんが、数年後には沖縄を拠点にしてクリニクラウンの活動をスタートさせようとしています。沖縄の病院に入院しているこども達がポリタンに会うことによって、一人一人、感情豊かな「こども時間」を過ごすことができるといいな。そして沖縄の療養環境がより良く、沖縄がより優しい社会になるといいなと思いました。

島中に、そして離島にも、こどもと大人の笑顔が溢れる沖縄の未来を心より願っています。

沖縄の病院に入院するこどもたちに「こども時間」を届けるには?

・クリニクラウンになる

沖縄の子供達に、直接、笑顔溢れる「こども時間」を届けたいあなたは、是非、クリニクラウンのオーディションを受けてみて下さい。先輩クリニクラウンがあなたの参加を心から待っています。

「クリニクラウンになりたい方へ(協会HP:クリニクラウンの養成)」http://www.cliniclowns.jp/06_katsudo.html

「2019年度新規クリニクラウンの募集のおしらせ(東京開催)」http://www.cliniclowns.jp/16_oshirase27.html

・クリニクラウン活動を手伝う

伊佐さんと一緒に、これからの沖縄でのクリニクラウン活動を作り上げていただける方、また、運転できる方も、是非、ボランティアにご参加いただければ有難いです。

「ボランティア登録(申込みフォーム)」
https://forms.gle/hWpKTkdU76CutSbQ7

(不定期ですが、ボランティア情報をメーリングリストで一斉配信しています。是非、ご登録ください。)

・クリニクラウン活動を支援する

沖縄を笑顔溢れる社会にする伊佐さんとクリニクラウンの活動にご協力して下さる企業の皆様。沖縄の病院に入院中のこども達に「こども時間」を届ける活動に、是非ご協力をお願い致します。訪問病院を指定してのご寄付、交通費のご支援なども有り難く受け付けております。

「クリニクラウンの活動を支える(協会HP:支援の方法)」http://www.cliniclowns.jp/shien.html

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伊佐常和
1955年、沖縄出身の両親のもと大阪府に生まれる。
40歳で一般企業を脱サラし、重度身体障がいのある方の介助職員など福祉関係の仕事に就く。また同時に興味を持った腹話術でプロのパフォーマーを目指す。いいだ人形劇フェスタでは、プロ公演で2000年から連続出演中。現在は、保育園、幼稚園など中心にいろいろなイベントで活躍。
クリニクラウンとは50歳で出会い、2006年6月にクリニクラウンに認定。 そのユニークなキャラクターで クリニクラウンとして10年以上全国の小児病棟に訪問し、 入院中のこども達へこども時間を届けている。

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<ライタープロフィール>
香川花子
福島県出身。高校受験の先まで見据えた、自ら動けるマインドを育てる親子サポート『ミライノハナ』主宰。プロの家庭教師をしつつ、インドのマザー・テレサ施設でのボランティアをきっかけに2003年に看護師・保健師の資格を取得。2017年、誰もが笑顔になれる社会を目指す日本クリニクラウン協会の理念に共感し活動に参加。現局長の熊谷さんから『HAPPY WRITER』と命名される。
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