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病気や障害を抱えるこどもや家族への関心を高めるWEBメディア

クリニクラウンジャーナル

入院した娘とともにクリニクラウンに出会い、大阪マラソンにも挑戦!いつも元気で前向きに走り続けるお母さん 中尾睦美さんインタビュー

取材・文 隅野友紀

今回ご紹介するのは、娘さんが2歳のときに小児慢性特定疾病を患っていることがわかり、入院を経験された中尾睦美さん。仕事と家庭の両立に加えて、娘さんの入院の付き添いもされているにも関わらず、今年は『大阪マラソン』のチャリティ・ランナーにも挑戦されました。

中尾さんがクリニクラウンに出会ったのは、娘さんが初めて入院したときのこと。ワクワクした経験を当時のことを振り返り、今は笑顔で語ってくださいました。

入院した2歳の長女に付き添って

クリニクラウンと初めて出会ったのは、今から約2年前。長女が2歳、長男が11か月になった頃だったそうです。頭部の病気で2か月の入院が必要になった長女に、育児休暇中だった中尾さんはずっと付き添いをしていました。

「病棟には付添者以外は入れないので、下の子は実家の母に預けて家族はバラバラの生活でしたね。下の子は授乳中だったので、実家から病院まで毎日連れてきてもらって、授乳する生活がしばらく続きました」。

病院での寝泊まりが続くと、だんだんお乳も出なくなり、粉ミルクに変えざるを得なくなったそう。娘さんが息子さんと触れ合える待合所まで出る許可がなかなか下りませんでした。

「おうちに帰りたい娘と病院から帰りたくない弟が、病棟のガラス越しに織姫と彦星のように泣くのが切ない日々でした」と中尾さんは当時を語ります。

クリニクラウンとの初めての出会い

初めてクリニクラウンが来てくれた時は、娘さんは個室に入院中でした。入院して間もなく、ふさぎ込んでいた娘さんは眠ってしまっていて、お母さん一人でクリニクラウンに会ったそうです。

「娘は寝ていたのでクリニクララウンたちはすぐに帰ってしまうのかなと思いましたが、母の私と一緒に遊んでくれて、とても楽しかったんです」

その夜、中尾さんはクリニクラウンの動画や写真を娘さんに見せて「今日は楽しかったね」と話をしました。

「まだ2歳になったばかりでお絵かきもそんなに上手ではないし、お話もしっかりできなかったので病室でできることはテレビを見るぐらいだったんです。でも私が撮ったクリニクラウンの動画は何回も見て楽しそうにしていました。」

その後も入院する度にクリニクラウンの訪問を受け、今までに4、5回はクリニクララウンに会えたそうです。

「クリニクララウンは、一緒にスカーフで遊んだり、オルゴールを持ってきてくれたり、トレードマークの赤い鼻を娘につけてくれたりして遊んでくれました。私も娘もすごく楽しい時間でしたね。クリニクラウンはいつもの病院の日常とは違う空気を運んできてくれて娘と私を上手く巻き込んでくれてとても楽しい時間でした」。

日本クリニクラウン協会のパンフレットや絵はがきの写真をみて、出会ったクリニクラウンとのエピソードをにこやかに話してくださる中尾さん。クリニクラウンの様子やことばをこと細かに覚えていて、とても楽しかったことが鮮明に伝わってきます。

大事な動画「何回もみても楽しいよ」

最初の入院時には、嫌がる娘さんに看護婦さんと3人がかりで苦い薬を飲ませなければいけないこともあったそうです。また、薬の副作用などで食事もあまり取れなくなることもあり、親子ともに苦しい時期を過ごしました。そんな中で「赤い鼻のクリニクラウン」は娘さんを励ます存在になっています。

今では「クリニクラウンはいつ来るの?今日、それとも明日?」と知りたがるように。

「明日来るよ。」と伝えると、いつもは食べない食事も食べたり、嫌いな薬を自分で飲んだり……。大好きなクリニクラウンの訪問を待っていてくれました。

また、退院しておうちにいるときも、クリニクラウンの動画を何度も見ています。10分から15分の録画で、娘さんとクリニクラウンが遊んでいる様子、パペットやスカーフで遊んでいる様子を捉えています。「お姉ちゃんはクリニクラウンさんと会ったのよ」と自慢することもあり、弟たちは「入院しないとクリニクラウンに会えないの?」と、羨ましがっているそうです。

「クリニクラウンに会うために、『今日もがんばろう』と言ってくれます。クリニクラウンのすごい力を実感しています。こどものストレスも発散され、なおかつ楽しんでくれて、それを見て親として自分も楽しくてとてもありがたいです。」。

病院では、夏祭りやクリスマスパーティ、クッキング大会など、こどもたちのための行事が開かれます。保育士さんもいて、いろいろな方法で遊ばせてくれます。病院で行われる行事や保育士さんとの遊びと、クリニクラウンの遊びにはどんな違いがあるのでしょうか?

「保育士さんはこどもと1対1で対応してくれることが多いんですが、クリニクラウンは毎回2人でいらして、私と娘に一緒に対応してくれます。それに、クリニクララウンは『教える』ためじゃなくて『楽しみ』のためにいろいろなことをしてくれる。『楽しもう感』みたいなものを運んできて、こどもも大人も巻き込んで特別な時間を作ってくれますね」。

母の挑戦「大阪マラソン」のチャリティ・ランナーとして走る!

今まで、入院している娘さんを応援してもらってきたと感じている中尾さん。

今年の「大阪マラソン」ではチャリティ・ランナーとしてクリニクララウンを応援して走ることを決めました。実は第2回「大阪マラソン」に参加した経験があり、走るのは好きなのだそうです。

「今回娘の再発がわかったのは、『大阪マラソン』の応募期間中でした。こどもは寝ているけれど親は眠れないような夜に、看護師さんからクリニクララウンのチャリティ・ランナーの話を聞いて『私も挑戦しよう』と思ったんです」。

勤めている会社の方たちもいろいろな人たちがみんなで応援してくれているのだそう。プレッシャーも感じていますが、「病院で出会ったクリニクラウンが、私のことを覚えていてくれたら嬉しい」と中尾さんは話します。

娘さんも今は4歳。通院は6歳まで続きますが、見違えるほど元気になってきました。

娘さんの入院中も、仕事と家庭を両立させながらいつも前を向いて走り続けてきた中尾さん。人生と同じようにマラソンも快走するに違いありません。

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中尾睦美 

1986年大阪府生まれ。兄5人と妹1人の大家族の中で育ち、幼少期より活発で好奇心旺盛なこどもでした。高校卒業後に祖母宅へ渡米し、英語のコミュニケーション力を身につけたのち、帰国後には市内ホテルでの就職をいたしました。休職後2014年に第一子を出産してから、2016年の入院時に「日本クリニクラウン協会」様に出会い、2018年活動支援でチャリティ・ランナーにてマラソン参加。

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<ライタープロフィール>

隅野友紀 

 北海道小樽市に生まれる。その後、転居の多い人生を送り、見知らぬ所で初めての方に話しかける性格が培われた。ピアノ、バレエ、油絵、日舞を学び、神戸女学院大学家政学部児童学科卒業。芦屋市立幼稚園に幼稚園教諭として勤務した後、母校で臨床心理学教室の助手を勤める。幼児教室指導員(16年)。指導のモットーは「誉めて認めて励まして』。現在も3才から小学3年生まで指導をしています。クリニクララウンの初期研修を受けた経験からクリニクララウンのサポートをしたいと編集教室に参加。家族、自分の入院も多い経験からクリニクララウンがもっとたくさんの病院に行けるようと願っています。