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病気や障害を抱えるこどもや家族への関心を高めるWEBメディア

クリニクラウンジャーナル

「日本クリニクラウン協会は秘密基地のような場所」泉浩実さんがボランティア活動を続ける理由

取材・文 川島由衣

「日本クリニクラウン協会は、私にとって秘密基地なんです」。

そう話す、泉 浩実さんは、日本クリニクラウン協会のボランティアとして2年前から精力的に活動してくれています。いつも楽しむ気持ちをモットーに、チャーミングな笑顔でボランティア活動をして下さっています。

今回は、なぜ、泉さんが日本クリニクラウン協会で、ボランティアをしようと思ったのか、続けられている理由をクリニクラウンでもある私、“きゃしー”の目線でインタビューさせて頂きました。

「スゴい団体だ!」とリーフレットを見てすぐに寄付をした

泉さんは、関西女子短期大学の准教授として、日々学生と向き合いながら将来の医療秘書を育てています。クリニクラウンの活動を知ったのは、大学で働き始める前、臨床検査技師をしていた頃のことでした。

「ある日、血液センターで、日本クリニクラウン協会のリーフレットを見つけて、『これはいい』と思ったんです。すぐに協会に寄付をしたら、協会からクリニクラウンのカードが送られてきました」。

「すごい団体だ!」

クリニクラウンのイラストが描かれたカードを見つめながら、ただただそう思ったそうです。

なぜ、昨日まで全く知らなかった団体に、すぐに賛同し寄付ができたのでしょうか。

それには、泉さんが働いていた職場の環境が大きく関係していました。当時の職業は臨床検査技師で、この時血液の検査を取り扱っていました。血液疾患の患者さんの中には、小児がんのお子さんもいて、検査のため小児病棟に行き、実際に小児がんのお子さんと関わることもあったそうです。

なので、泉さんにとって小児病棟はよく知っている場所で、入院生活を送るお子さんの現状を分かっていたからこそ、そこで活動するクリニクラウンは、身近に感じ賛同しやすかったといいます。

「これいいな」と思っても、実際に何かアクションを起こすかどうかは、その人にとってそれが、身近であり、想像できるかどうかなのかもしれません。泉さんは、クリニクラウンと小児病棟のこどもたちが遊ぶ姿が、想像できたからこそ、「いいな」と思ってすぐに行動したのだと思いました。

その後、しばらくは病院のお仕事が忙しかったそうですが、転職を機に再び日本クリニクラウン協会への想いがわきあがり、今度は「ボランティアとして支援していきたい」と考えるようになったそうです。

ボランティアとして活動して2年、泉さんにとって日本クリニクラウン協会はどんな場所なのでしょうか。

日本クリニクラウン協会の事務所は、「私が帰って来れる場所」

「日本クリニクラウン協会の事務所は秘密基地なの」と言う泉さん。協会について話す時の表情は、いつも少女の様な笑顔です。

「帰ってくる場所……、『じゃっ、あそこでな!』と言ったら皆がそこに集まる場所……。子どもでいうなら秘密基地っ!! 成長しあえる場所でもあるし、私に居場所を作ってくれたというか……。

私、自分でも『いいな』と思える活動に参加できてることが嬉しいの」。

泉さんが、日本クリニクラウン協会のことを話すときには、言葉の端々に愛を感じます。

ボランティアさんは、実際にクリニクラウンが病院で活動する姿を見る事はありません。

それなのに、なぜこんなにも仲間として動いてくれるのでしょうか。私は、そのことが気になって仕方ありませんでした。でも、泉さんの話を聞いていくうちに、それはあまり重要なことではないんだと気づかされました。

「活動を実際に見る事は出来なくても、写真などで見れるからね。それよりも私は、クリニクラウンの鼻を取った姿を知っているんだぞっていう特別感は大きいかな。

私の1日の活動のほとんどが仕事だから、仕事以外のことに自分の時間を使ってするのがボランティアの活動。対価をもらうのではない時間の使い方で、お金以上のものをもらっている気がするのよね。人間って『家族』『会社』など、いろんなグループに属していて。私はこどもを育てたことがないから、『こどもを通してのコミュニティー』っていうのがなかったけど、今、ここでのボランティアをすることがその部分を埋めてくれて、私に違う世界を見せてくれているんです」。

「そして、なによりクリニクラウンの皆さんがボランティアの私たちの事を大事にしてくれてる。それが分かるから……」と泉さん。お仕事柄、学生さんといろんなボランティア活動をするそうですが、日本クリニクラウン協会のボランティアは、他にはない特別な魅力があるといいます。それは、何かをしたという達成感だけではなく、人と人が繋がったという充実感、終わってから「頑張ったね」とたたえあえる仲間がいることへの幸福感。

きっと、ボランティアには、その人それぞれの価値観があるのだと思います。ある人には自分の知らない世界を見せてくれる場所、またある人には、他では埋められないものを埋められる場所、ひとくくりにボランティアといっても皆それぞれの想いをもって活動している、なんか、カッコイイなと素直に感じてしまいました。

日本クリニクラウン協会のボランティアとして夢見ていること

泉さんと話していると「日本クリニクラウン協会のボランティアとして、どんな夢を持っているのか」を聞いてみたくなりました。すると、泉さんは熱く即答してくれました。

「病院で医療事務のスタッフさんに『クリニクラウンって知ってる?』と聞いたら、『知ってますよ!この病院にも来てもらいたくて電話したら、依頼がいっぱい来ているみたいです』って言われたり。そんな会話をしてみたいですね」

泉さんは、「クリニクラウンの認知度の低さは課題」だと感じているそうです。もっと、クリニクラウンを知ってくれる人が増えたら、日本クリニクラウン協会の活動も広がっていくはず。「草の根活動でもいいから、少しずつ知ってもらえるように、あの手この手を使って地道でも着実に広めていきたい」と意欲を示してくれました。

泉さんは、寄付による支援から始めて、ボランティアとして支援する側に大変身を遂げました。

クリニクラウンの活動を知ってからボランティアに参加するまで時間はかかったけど、勇気を振り絞って参加した日本クリニクラウン協会主催のチャリティーイベントのおかげで、クリニクラウンたちと直接触れ合い、実際に活動し、ボランティアとしての支援の必要性を痛感したといいます。

そして、「人と人との繋がりを感じて、はまっちゃいました!」と照れながら話してくれました。

「もし、ボランティアをしてみたいなと思っている人は、とにかく一度来てみてください。最初の1歩は難しいけど踏み出してみるとわっと世界が広がりますよ」。

と未来の仲間にメッセージを残してインタビュー終了。

柔らかな話し方のなかに強い信念を、話の端々に愛を感じる泉さんは、日本クリニクラウン協会の未来を見据える、心強い仲間です。改めていろんな方がいろんな形で日本クリニクラウン協会を支えてくれているんだなと、再認識することができました。
 
日本クリニクラウン協会は、いつでもクリニクラウンの活動を支えてくれる仲間を募集しております。
ボランティアに興味があったり、何かしてみたいなと思っているあなた!この秘密基地にぜひ一度遊びに来てください。泉さんと一緒に、わたくし“きゃしー”も未来の仲間がやってくるのを心から楽しみにしています!

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泉浩実

1962年、福岡県北九州市生まれ。父の転勤で生まれて半年後に関西へ。ほぼネイティブ「大阪のおばちゃん」。神戸学院大学栄養学部で学び管理栄養士を目指すも、卒業後は臨床検査技師として病院に勤務した。高校時代の手話サークルやカセットテープに物語を吹き込む朗読ボランティアの経験を活かして、公益社団法人大阪府臨床検査技師会で手話講座や講演会開催の企画、運営にも携わった。2009年、関西女子短期大学医療秘書学科へ専任教員として転職し、現在に至る。

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<ライタープロフィール>

川島由衣

1986年生まれ、大阪府出身。3歳から始めたバトントワリングで、表現する楽しさを知る。大阪芸術大学舞台芸術学科ミュージカルコースで、舞台の基礎を学び、関西を中心に舞台役者として活動。2009年劇団カッパ座の本公演のメンバーとして全国ツアーに参加。2014年クリニクラウンの選考会に挑戦。1年間の養成課程を経て、2015年にクリニクラウンの認定を受け全国各地の小児病棟を訪問。2016年からは事務局スタッフとしても携わり、病院訪問だけでなく、東北支援事業や、クリニクラウン養成事業を担当している。